2020年の6月、コロナ禍の真っ只中、私は在宅勤務を終えて夕食の後、自室で読書をしておりました。夜の21時頃、滅多に電話をかけてくることのない母から、携帯へ着信がありました。
電話に出ると、母から「今日の午後、兄が会社で倒れて救急車で運ばれたらしい!どうやら脳疾患だって。詳しい事はわからないけど、これから緊急手術らしい。」と、動揺を隠せない様子のまま電話が切られました。
何だかいきなりの事で状況が把握できないというか、信じられないというか。とにかく私は状況を軽く考えていたのでした。きっと手術は無事に終わるだろうし、明日にはいつも通りの兄が戻ってくるだろうと。
当時、兄は45歳でした。国立の大学院を卒業し、仕事においては、最短で課長へ昇進して職をバリバリこなしていました。プライベートでは、妻と子供3人の5人家族(チワワ犬も1匹)で、千葉に一軒家を新築し、それはそれは順風満帆な生活を送っていました。
一方、私はというと、2年前に離婚をして、持ち家も無ければ貯金も無しのテイタラクでした。仕事に関していえば、大学卒業後、やりたいことも特には見つからず、兄と同じ会社に就職していたのでした(部署は全く違いますが)。
そんな状況であった為、しばしば兄とは仕事帰りに飲みに行っていたのですが、その度に「そろそろちゃんとしろよー」とか「子供はいいぞ~早く作れよ」とか、愚弟への指導がよく入っていました。
兄が高校生ぐらいの時は、反抗期真っ只中といった様子で常にピリピリしていて、目が合っただけでよく怒られていました。「何見てんだよ!」と。アイアンクローをされながらドアに押し付けられた事もありましたね。そんな兄を当時は大嫌いで、早く家から出てってくれ~と真剣に思っていたものです。
念願叶ってか、兄が地方の大学に進学が決まり、一人暮らしをする事になりました。
それからは、年に数回ほど実家に帰ってくるのですが、不思議と人間が変わったように優しくなりました。たまに帰って来た時は、一緒にカラオケに行ったりテニスしたり、あるいはパチンコに行ったりと、友達のように遊んでいました。私が大学に合格した時は、事前にキャンパスを見に行こう!と、私より喜んでいるんじゃないかと思うほどでした(即日2人で電車を乗り継いで見に行きました笑)。
そんな兄の帰りを当時楽しみにしていましたし、今でも私は兄を尊敬していて、本当に自慢の兄なのです。
【2日目へ続く】